ブログ (2022年1月~2022年12月 )


 「聖書朗読」   

 

                          主任司祭 佐藤謙一 

                     

 声を出して聖書を朗読するとき気を付けなければならないのは言葉を理解させ情景を思い浮かべさせることができるかどうかではないだろうか。例文を見てほしい。 

 「山田さんと、友達の小島さんが、わたしの家に来た。」この場合、読点が入っているので二人が家に来たと分かる。「山田さんと友達の、小島さんが、わたしの家に来た。」こちらの場合は小島さん一人が来たことが分かる。「山田さんと友達の小島さんが、わたしの家に来た。」これは二人が来たのか一人が来たのか分からない。前後の文脈から判断するしかない。 

 文部科学省によれば、朗読する場合、読点は一拍間をあけるよう指導している。二人が来たのなら「山田さんと」と「友達の小島さん」の間に一拍間をあければ、二人だと分かる。間をあけなければ、一人か二人かすぐにはわからない。「山田さんと友達の」と「小島さん」の間に一拍間をあければ、小島さん一人だと分かる。読点の位置が朗読する人を助ける例である。問題は聖書の朗読である。次の例文はいかがだろうか。 

 「あなたは、布さらしの野に至る大通りに沿う、上貯水池からの水路の外れでアハズに会い、彼に言いなさい。」(イザヤ7・3-4)「大通りに沿う」と「上貯水池」の間に読点が打たれているが、そこは一拍間をあけていいのだろうか。朗読する際はそこでは一拍あけずに続けて朗読し、むしろ「水路の外れで」の後に一拍置く方が情景を理解しやすいだろう。初見で読むと読点の位置に惑わされて、情景のよく見えない朗読になってしまいがちである。次の例文はいかがだろうか。 

 「お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない。しかし、言っておく。裁きの日にはソドムの地の方が、お前よりまだ軽い罰で済むのである。」(マタイ11・23-24)文科省では句点は、二拍間をあけて読むよう指導している。三つの文の間に句点は二つある。どちらも二拍あけて読むべきか。「しかし」を間髪入れず続けて読むべきか。「裁きの日には」の前は二拍と言わず、十分間を取るほうが聴衆を引き付けるのではないか。いずれにせよ、朗読前によく読んでおき、どのように朗読すればいいのかを吟味しておくことが肝心だろう。ところでこの巻頭言の最初の一文には読点をつけなかった。どのように感じただろうか。                    

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年8月号より

 



 「聖ヨハネ・ベルクマンス修道者」 

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

 7月1日は、2008年11月24日に列福された『福者ペトロ岐部司祭と187殉教者』の記念日となっている。ペトロ岐部はイエズス会の司祭である。1587年豊後(今の大分県)に生まれ有馬(今の長崎県南島原市)にあるイエズス会の神学校に入ったが1614年の禁教令により神学校のあるマカオへ行った。マカオでも神学校が閉鎖され、インドへ行く。しかしそこでも願いがかなわず、ローマ行きを決断する。イスラムの地を通り、砂漠、パキスタン、イラン、イラク、パレスチナを通り、まさに命がけの旅をしながらついにローマに到着する。 

 彼は司祭叙階のために必要な書類も証明書も持っていなかったが、ローマは、彼の人物と堅い決心を見て叙階許可を与え、1620年11月15日に司祭叙階される。20日には念願のイエズス会修練院に入る。そこで、後に列聖されることになる聖ヨハネ・ベルクマンスの最期を見ている。22歳の若さであった。 

 聖ヨハネ・ベルクマンスは毎日の平凡な務めをできるだけ完全に果たすことによって聖人となった人である。かれは1599年ベルギーで生まれ、信仰深い家庭の中で幼いころから神を敬う生活をしていた。利口で学業優秀であったので父は進学させようとしていたが、学費の都合で思うようにいかず、当地の主任司祭が引き取り、学問や信心業を指導していた。ヨハネは掃除や雑用をしながら小神学校へ通っていた。 

 イエズス会の会員になりたいという望みがあり、1616年18歳でヨハネはイエズス会修練院に入った。彼の生活の中心はご聖体である。これを軸として食事から休憩に至るまで一日の業務が聖なるわざとして回転していた。また、ヨハネの聖性は聖母マリアなしには考えられない。次のように言っている。「わたしが教育を受けたのは聖母のおかげである。学問に歩ませてくださったのは聖母である。召命を受けたのは聖母のおかげである。聖母のおかげで救霊も得られると思う。聖母なしでは失望するかもしれない。」 

 哲学を終え、神学を始めようとしていた矢先、突然発熱して倒れてしまった。ヨハネ・ベルクマンスの臨終の床をペトロ岐部司祭は看取った。神に召されてきた日本から来た司祭と一修道士との不思議なつながりを感じる。聖ヨハネ・ベルクマンスの記念日は8月13日である。一般ローマ歴には入っていないが修道会などでは祝われる。 

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年7月号より

 



 6月の祭日

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

 6月はみ心の月と呼ばれている。聖霊降臨後第2主日後の金曜日に「イエスのみ心」の祭日があり、これがほぼ6月中に祝われるからである。そして5月と6月は祭日が多い月でもある。復活節中の主の昇天、聖霊降臨の主日、年間に入って三位一体の主日、キリストの聖体、イエスのみ心と続き、最後に洗礼者聖ヨハネの誕生聖ペトロ聖パウロ使徒の祭日で締めくくられる。

 洗礼者聖ヨハネの誕生は6月24日に祝われる。これはルカ福音書の記述に従って定められたものである。ヨハネの母エリサベトがみごもったときから六か月目にガブリエルがマリアにお告げをしたことから、12月25日の六か月前の6月24日を洗礼者聖ヨハネの誕生とされたのである。イエスの到来を準備するという役割に徹し、「わたしは、悔い改めに導くために、あなたたちに水で洗礼を授けているが、わたしの後から来る方は、わたしよりも優れておられる」と宣べ伝えた。

 「聖ペトロ聖パウロ使徒」は同じ日に祝われる。二人は同じローマの地で同じ時期に殉教したので同じ日に祝われる。主日に重なったときに優先して祝われるのは主の祝祭日と呼ばれている日と死者の日である。つまり聖人の祝祭日が主日に重なったときは主日が優先されることになっているのであるが、聖ペトロ聖パウロ使徒の祭日に限っては主日より優先される。これは二人の聖人を同じ日に祝うということから来るものであろうが、ペトロとパウロは違う賜物に恵まれた人物であった。

 教会の基盤を二人が協力して作ったといっても、二人が親しく話し合いながら教会を指導したわけではない。むしろ二人が一緒に活動したことはそう多くはない。むしろお互いに反発しあうことも多かった。しかし大きな視野でみれば二人が教会の基盤を作ったといえる。使徒たちの頭として教会をけん引したペトロと異邦人への宣教によって福音を全世界に広める礎を築いたパウロのどちらも大切に心に留めようということが大きいのだろう。異なる賜物を持つ者同士が教会をけん引していく姿にわたしたちの教会の姿もあるのである。

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年6月号より

 



 「イエスのみ心・聖母マリアの汚れなき心

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

 カトリック教会は「イエスのみ心」の祭日を、み心の信心とともに「世界司祭の聖化のための祈願日」として祈る日と定めている。全世界の司祭がその召命に忠実であり 聖なる牧者となるように、また司祭がキリストに倣い 聖なるものとして自らの務めを果たすことができるように、教皇と共に全世界の信者が祈りをささげる日なのである。 

 2009年6月19日から2010年6月11日に聖ヨハネ・マリア・ヴィアンネ司祭 没後150年を記念して「司祭年」が開催されたのは記憶に新しいだろう。イエスのみ心の祭日に挟まれたこの一年はまさに司祭職が招かれている特別な聖性を願って祈る一年であり、ヴィアンネの言葉「司祭職とはイエスのみ心です」ということを果たす年であった。司祭は直接 信者とのかかわりを持つ者である。「イエスのみ心」の祭日には信者の皆さんが司祭の聖化と完全な自己奉献を祈り求めるのである。 

 昨年、教皇レオ14世が司祭に送られた感謝と信頼に満ちたメッセージを記す。 

「愛のために貫かれたキリストのみ心は生けるいのちを与える肉である。そのみ心はわたしたち一人ひとりを迎え入れながら良い羊飼いの姿に変えてくださる。そこでこそわたしたちの司祭職というものは『真の司祭であり続けること』であると理解される。それは神のいつくしみに燃えながら、いやし・寄り添い・あがなう神の愛の喜びに満ちた証人となることである。」1

 ところでその次の土曜日は「聖母マリアの汚れなき心」の記念日にあたる。これまでは任意の記念日であったのでそのための典礼は基本的に行われなかったが、2026年からは義務の記念日となり固有の祈りをもって全世界で祝う日となった。神のお告げに素直に心を開いて「お言葉通り、この身に成りますように」と答え、自らをささげた聖母マリアはすべての信者の模範である。マリアの心が聖霊のふさわしい住まいとされたように、わたしたちの心も聖霊の神殿となることを祈り求める日である。2

___

1 教皇レオ14世「『世界司祭の聖化のための祈願日』教皇メッセージ」、2025年6月27日

2 『毎日の読書』第5巻、170ページ参照。「聖母マリアの汚れなき心」ミサの集会祈願参照。

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年5月号より

 



 「神を愛する祈り・愛

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

____________________________________

 神である主よ、わたしはすべてに超えてあなたを愛し、またあなたのために隣人を愛します。あなたはあらゆる愛を受けるにふさわしい、最高の、限りない、最も完全な善であられるからです。 

この愛のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。i 

____________________________________

 一人の律法学者に「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と尋ねられてイエスは答えた。「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」またイエスは第二の掟についても教えられた。「隣人を自分のように愛しなさい。」最後に「この二つにまさる掟はない」と付け加えられた。イエスが教えられたことはどの掟もどの律法もこの愛の掟のうちに含まれているのである。 

 「神を愛する」ということは「神を信じる」ということと同じことである。神を信じないが神を愛するなどということは言えない。神を信じるが神を愛さないなどということも言えない。真の信仰のあるところにはどこでもまことの愛がある。神に対する真の愛のあるところには、必ず隣人に対するまことの愛もあるのである。 

 イエスはわたしたちを愛するがゆえに十字架につけられた。わたしたちの罪の贖いのために十字架につけられた。しかし、イエスの天の国を愛する人は多いがその十字架を担おうとする人は少ない。慰めを望む人は多いが苦しみを望む人は少ない。イエスとともに食卓につきたい人は多いがイエスとともに断食する人は少ない。キリストとともに楽しむことを望む人は多いがキリストのために何かを忍ぼうとする人は少ない。多くの人はイエスの奇跡に感嘆するが十字架のはずかしめまで従う人は少ない。 

 しかし、イエスから受ける慰めのためではなく、イエスをイエスとして愛している人は艱難や苦しみのときにも慰めのときと同様に主を賛美する。イエスがいつまでも慰めを与えなくてもその人はいつも感謝と賛美を怠らない。わたしたちもこれらのことを心にとめて日々キリストに従い歩んで行こう。 

___

1『カトリック教会のカテキズム要約』 P323、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月          

 

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年4月号より

 



 「神に希望をおく祈り・希望

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

____________________________________

 神である主よ、わたしは、あなたの恵みによって、すべての罪のゆるしと、この地上の生の後に永遠の幸福が与えられることを希望します。限りなく力があり、真実で、恵みとあわれみに満ちたあなたがそれを約束してくださったからです。 

この希望のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。1

____________________________________

 わたしたちは毎日あらゆる種類の希望に支えられて生活している。明日は楽しい愉快なことがありますようにとか、あの人に会えますようにとか、あのことをよく理解できますようにとか、自分の霊的生活がさらにいっそう深くなるように、などということを常に希望している。また希望は病人に苦痛に耐えさせ、戦う力を与える。あるいは試練の時に忍耐を与え、努力してそれに耐えるようわたしたちを助けてくれる。もし毎日の希望がなければ人は生きていけなくなるだろう。 

 それでは神に対する希望とは何だろうか。対神徳における希望とは、単に人間の欲望を満たすだけのものではない。それは神の恩恵を分け与えられることであり、神が自由に与えられる賜物である。その究極にあるのは永遠のいのちの約束である。キリストが示された体の復活と永遠のいのちがわたしたちの神に対する究極の希望である。 

 

 人間の議論や主張だけからでは、神の自由の賜物である神の信仰は生まれず、人間的な愛情は神の恵みなしには真の超自然的な愛にはならない。キリスト教的希望も神の賜物なしにはありえない。わたしたちは地上の生活が終わるまで耐え忍ぶことができるよう聖霊の恵みを求め、依り頼んで行くのである。神から与えられた希望をもって日々キリストの教えに従い歩んで行こう。 

___

1『カトリック教会のカテキズム要約』 P322、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月          

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年3月号より

 



 「神を信じる祈り・信仰

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

____________________________________

 神である主よ、わたしは聖なるカトリック教会が教える一つ一つのことすべてを固い信仰をもって信じ、告白します。神であるあなたがこれらのすべてのことを現してくださり、あなたは欺くことも欺かれることもない永遠の真理にして知恵であるからです。 

この信仰のうちにわたしは生き、また死ぬことを望みます。アーメン。i 

____________________________________

 信仰はキリスト信者の生活の始まりである。「神に近づく者は、神が存在しておられること・・・を、信じていなければならない。」(ヘブライ11・6)成人のキリスト教入信式の中で第一段階として入門式がある。ミサの初めに「あなたは何をお望みになりますか」と聞かれて、入門者は「神に近づき、キリストの教えに従って生きることを望みます」と答える。信仰は神の国の門を通るために必要な徳、つまり人格的な能力であり意志である。 

 しかし入り口とはいえ、キリスト教生活の中心に入り込んだ人にとってさえ、信仰は必要である。キリスト信者にとってこの世の生涯の終わりは、ある意味、神の国の入り口に立つことと言えるからである。神の家にいるけれども実はまだ門の入り口にいることを知るのである。 

 キリスト信者にとって死ぬまで信仰は生活の始まりであり、変わることのない土台である。修道者や聖職者などキリスト教的生活の最頂点に達した人々でさえ、神の国へ昇るはしごが信仰の土台の上に建てられていることを知っている。最も素晴らしい黙想も様々な徳も信仰のうちに進歩するのである。 

 信仰はわたしたちキリスト信者にとって、キリスト教生活の基礎であり出発点であり、絶えず養成し強化しなければならない基盤となるものである。わたしたちもこれらのことを心にとめて日々キリストの教えに従い生活して行こう。 

___

i『カトリック教会のカテキズム要約』 P321、ラテン語原文の訳、カトリック中央協議会、2010年2月          

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年2月号より

 



 「年初の祈願

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

  教皇フランシスコは『希望は欺かない』という大勅書を出され、2025年の聖年が宣言された。2024年12月24日『主の降誕』の前に聖ペトロ大聖堂の「聖なる扉」が前教皇フランシスコによって開かれて始まり、2026年1月6日『主の公現』に教皇レオ14世によって閉じられて終わる。 

 『主の公現』の祭日では神の栄光がキリストにおいて外に輝き出て、すべての人に明らかにされたということを祝う。また同時にまだそれを知らない多くの人々にわたしたちが伝えていかなければならないということを意味する。 

 主の公現のわき役として「占星術の学者たち」がイエスを拝みに来る。彼らは星の導きによってユダヤの地に生まれたイエスを礼拝しに来た。ユダヤ人ではない諸国の民の代表として、星というしるしを通してイエスのところに導かれたのだ。この学者たちが幼子を訪れたことはイエスによってもたらされた救いが民族の壁を越えてすべての人にもたらされるということを示している。イエスの誕生はすべての人の救いに関わるのである。 

 今年一年がみなさんにとって恵み豊かな年でありますように。聖年の締めくくりとして、教皇フランシスコが復活の主日に示された言葉を記す。 

 「わたしたちは常にキリストを探さなければなりません。なぜなら、キリストが死者の中から復活されたのなら、キリストはどこにでもおられるからです。わたしたちのただ中に住んでおられるからです。今日もキリストは、わたしたちが道で出会うあらゆる姉妹兄弟にご自分を隠し、また現されます。わたしたちの生活のごく普通の、予測できない状況の中で。キリストは生きて、常にわたしたちのところにとどまっておられます。苦しむ人に涙を流させ、わたしたち一人ひとりが行う小さな愛の行いのうちに人生のすばらしさを増し加えながら。」1 

             

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜26年1月号より

 



 「教話12月

                     

                         主任司祭 佐藤謙一

 

 レイモンド・E・ブラウンという聖書神学者の著作『キリストは近づいている』1の中でマタイ1章の解説をしており、12月17日の福音の解説がありますので紹介します。 

【 イエスの系図 】 

 主の降誕を準備する八日間の福音朗読の初めに当たる12月17日の福音は日曜日と重ならなければ必ずイエス・キリストの系図と呼ばれる個所が読まれます。 

 ブラウンは次のように問いかけています。「キリスト者が、今だれかキリスト教について何も知らない人に、イエス・キリストについて根本的な物語を語るように頼まれたとしたら、どこから始めるだろうか。わたしは喜んで賭けてもいいが、一万人に一人も、教会が第一におく福音書の著者が荘厳な証言をもって始めたところから、つまり新約聖書の最初のページの最初の行から、話し始めることはしないだろう。」 

 しかし、「この系図には旧約聖書と新約聖書の本質的な神学、すべての教会つまりギリシャ正教会もローマ・カトリック教会も、そしてプロテスタント教会も告げ知らせるべき本質的な神学がそこには含まれている、と」ブラウンは述べます。キリスト者はそれぞれの人物をよく知ったうえで、なぜイエス・キリストがこの世に来られたのかを考えてみましょう。今回は特に5人女性について見てみます。 

【 5人の女性 】 

 マタイは「イエス・キリストの系図」に五人の女性を入れています。マタイは最初から最後まで「AはBの父であった」というパターンを守っていて一見男性中心主義であるかのように見えるが、マタイの考えではどの誕生にも神が行動的に関与しているというのが前提としてあります。そして男性だけではなく女性もイエスの起源の要素であるということを思い起こさせようとしています。 

 当時の世界で系図に女性を登場させるのは考えられませんが、それをマタイは打ち破ったのです。現代に生きるわたしたちにとってたいしたことではないように見えますが、とても大胆で驚くべきことだったのです。 

 この系図に言及された女性たちが選ばれている基準を考えると驚かされます。聖なる族長の妻たちであるサラやリベカ、ラケルは入っていない。サラはアブラハムの妻、リベカはイサクの妻、ラケルはヤコブの妻です。すべて正妻です。 

 その代わりにまずタマルの名が挙げられています。タマルはカナン人でイスラエルにとってはよそ者であり、ユダの息子に嫁いだけれども二人の息子は相次いでなくなり子供がありませんでした。三人目の息子はまだ幼かったので、実家に帰しましたがユダがその三人目の息子をタマルの夫にするという義務を果たさないと知ると娼婦に変装し、ユダを欺きました。タマルが妊娠しているのを知ったユダは不品行な女だと怒ったときに、ようやくタマルはその子の父がユダであることを明かしました。こうしてタマルは自分がユダよりもずっと正しく神の掟に忠実であったと認めさせました。(創世記38・1-26参照) 

 タマルの子ペレツとゼラは双子です。ペレツが系図に残っていきます。ペレツは「出し抜き」という意味で、ゼラは真っ赤という意味です。出てきた手に助産婦が赤い糸を結んだがすぐに引っ込めてしまい、もう一人の方が先に出てきたので助産婦は「なんとまあ、この子は人を出し抜いたりして」と言ったからです。俺が俺がという子が系図に残るのです。実に不思議です。(創世記38・27-30参照) 

 次の女性はラハブです。ラハブもカナン人ですからよそ者です。ラハブは聖書では遊女となっています。エリコの街を探りに来たイスラエル人を親切に保護し、町を征服するのを助けました。イエスの宣教活動の中で、罪びとや売春婦たちと寛大に交わったことを思い起こさないと、このような人物がイエスの系図に含まれていることが不思議に思われるかもしれません。ラハブの子ボアズはルツの夫となる人です。(ヨシュア記2章、6章参照) 

 ルツもタマルやラハブと同様によそ者でした。外国人でモアブの出身でした。それなのに死んだ夫のために子孫をもうける、という律法に忠実に尽くしたのはイスラエル人の親戚ではなく、ボアズの足元に身を投げ出したルツの方でした。生まれた子供はダビデ王の祖父になる運命に定められていました。(ルツ記参照) 

 この系図の中にみられる旧約聖書の女性の中で最後に登場するのは、敬虔で忠実な夫ウリヤの妻とだけマタイは記しています。サムエル記によれば、ウリヤはヘト人でダビデに謀られて殺されています。ウリヤの妻の名はバト・シェバといい、ダビデの欲望の毒牙にかかりました。ダビデはナタンに叱責されてはじめて自分の罪に気づきましたが、情事の末に生まれた子供は主に打たれて死にました。悲しむバト・シェバを慰めて次に生まれたのがソロモンです。そしてダビデの王位の後継者とすることに成功しました。(サムエル記下11章、12章参照) 

 タマル、ルツ、ウリヤの妻はいずれも人間的なスキャンダルや嘲笑を含んだ結婚物語に登場します。ラハブは遊女でした。しかし神の霊がメシアに至る血統を継続するために積極的に選んだ人々でもあるのです。そして彼女たちを通してイエスの母マリアへと続くことはとても意味があることです。彼女たちはイスラエルの人ではなく先住民だったり外国人だったりするからです。その中にすべての人の救いのために神が働かれているのだということをあらためて確認することができます。 

 マリアの結婚も特別なもので、いいなずけの夫と関係がなかったときにすでに妊娠していました。ヨセフはマリアと婚約はしていたが結婚する前に縁を切ろうとします。それは正しい決断であり、清い心での決心でしたが、この系図の最後に登場する女性がヨセフよりもいっそう聖なる者であると神から示されます。「ダビデの子ヨセフ、恐れず妻マリアを迎え入れなさい。マリアの胎の子は聖霊によって宿ったのである。マリアは男の子を産む。その子をイエスと名付けなさい。この子は自分の民を罪から救うからである。」(マタイ1・20-21)イエス・キリストをその胎に宿したマリアは聖霊が特別に選んだ人物であるからです。 

【 まとめ 】 

 神がイエス・キリストを通して働かれることはアブラハムとダビデ、族長たち、王たち、そして無名の人々を通して働かれることと首尾一貫しているのです。それがイエス・キリストの起源を形づくっていると同時に続きもあるということも意味します。系図で示されているように、神がさまざまな人を用いて救いの道を作ってきたなら、これからもまたそうであろうということです。イエスの系図が、マタイの語りかける人々とともにわたしたちにとっても「よい知らせ」となるような将来へと続く側面もあるということです。イエスの起源が聖人と同じくらい罪びとを含んでいるなら、その続きにおいても同じでしょう。聖人ばかりではなかったということは聖書にも書いてある通りで、また教会の歴史を見ても理解できることと思います。ですから「わたしは罪びとだからできません」というのではなく、救いの歴史の中にすでに取り入れられている者として生きていかなければならないのです。 

 イエス・キリストの物語をこの世界の中で続けるために、自分は重要でもなく意味のある貢献も全くしていないと感じているなら、それはイエスの系図を裏切ることになります。待降節の典礼でこの系図を朗読するのはわたしたちの重要な永遠の命への希望をわたしたちに与えるためなのです。自分が罪にまみれ、弱さに囲まれた者であっても、この福音の担い手として貢献することができるのだという勇気を呼び起こすための系図の朗読なのです。 

 このように1年に一度これらの名前が聖堂で読まれる必要性があるのです。「アブラハムはイサクをもうけ、……エッサイはダビデ王をもうけた。……このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。」この続きが「イエスはペトロとパウロを召し出し……パウロはテモテを召し出した。……そして誰かがあなたを召し出した。……だからあなたも誰かほかの人を信仰に招かねばならない」という呼びかけの物語になっているとブラウンは書いています。系図というものは名前の羅列でおもしろいものではありませんが、待降節の節目に当たる12月17日に読まれるのには、どんな意味があるのかということが分かれば、わたしたちも出かけて行って誰かに福音を伝えに行こうという勇気が湧いて来るのではないでしょうか。 

_

1レイモンド・E・ブラウン『キリストは近づいている 待降節の福音(マタイ1章・ルカ1章)』、訳者:佐久間勤、女子パウロ会1996年発行 

             

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年12月号より

 



 「いつでも、どこでも、誰とでも

                     

                      ヨハネ・ボスコ 後藤義信 神父

 

 見わたす限りの青空に浮かぶ白い雲、コスモスの花が風になびいてゆるやかに踊っている。子どもの頃は、道端にもコスモスの花が色とりどりに咲いていて花びらにトンボが止まっていると「そおっと!」手を伸ばしていたような気がします。10月の「ロザリオの月」を終えて脳裏に浮かぶ季節の1ぺージを巡らせています。 

 

  洗礼の恵みを受けてからの10月というのは、秋の季節と「ロザリオの月」がひとつにが結ばれています。それでも、洗礼を受けた数十年前の日々と今日の10月の日々に違いがあるように思われます。三年の求道者時代を含め洗礼を受けた頃は、声をかけられ教会に集い、祈りを捧げていた頃が想い出されます。そうして信者との交わりがあり、信者の生活や教会の信仰・伝統習慣を学んで自分なりの信仰が培われていたのだと思います。 

 

 主の祈りをはじめ、祈りには様々な祈りがありますが身近な祈りの一つに「ロザリオの祈り」があります。本来、ロザリオの祈りは、ロザリオの珠を繰りながらイエス・キリストの誕生から十字架での死と復活のできごとを場面ごとにイメージし、最初から最後までイエス様とともにいたマリア様の祈りを唱え、マリア様の取り次ぎを求める祈りです。しかし、今は、本来の祈り方よりもマリア様への取り次ぎ祈りが多くなっています。 

 

 車に乗って教会を往復することが多いのですが、街の中を走っているとたびたび救急車のサイレン音が耳に飛び込んできます。その音を聞くたびに「助けを必要とする人」がいると思われ、マリア様に向かって取り次ぎの祈りをしているのです。また、亡くなった人、病気の人を想い出した時や、想い出された懐かしい人にも元気でありますようにと祈ることがあるのです。キリストの救いのわざに協力した第一人者・聖母マリアですからマリア様への取り次ぎ祈りは特別な地位を占めているのです。聖母マリアへの祈りは初代教会からと言われていますからわたしたちの希望や祈りは、必ずや神様に導かれると信じます。戦争も紛争も続く今日、自然界にも災害が多発するなかマリア様の前で、世界で苦しんでいる人々に慰めと希望を与えるよう祈りましょう。 取り次いでくれる助け主としてマリア様への祈りは、いつでも、どこでも、誰とでも自由な形でできることです。時には黙想をしながら、時には悔い改めのために、信仰をもっている人にとって祈りこそわたしたちの心を神様に導くことになるのです。教皇様は、マリアに教会の保護を願って祈ると同時に、「わたしたちがその罪と過ちを見つめ、現在と過去に犯した過ちをより深く意識し、ためらうことなく闘う決意を固める」ことも願っています。 昔からの言い伝えがあります。ロザリオは自分の救霊のため、友人や身内のため、病人や亡くなった方々のためにも有効な素晴らしい行いです、と・・・。心してマリア様への取り次ぎを求め、そしてロザリオの祈りをお捧げしましょう。 

 

             山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年11月号より

 



 「待降節の典礼

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

  今年は11月30日から待降節が始まり、12月24日の晩の祈りの前で終わる。待降節の特徴を見てみよう。一つ目は、「第一の来臨の追憶を通して、終末におけるキリストの第二の来臨の待望へと心を向ける期間」であり、二つ目は、「神の子の第一の来臨を追憶する降誕の祭典のための準備期間」である。この二つの理由から、待降節は愛と喜びに包まれた待望の時であることが明らかになってくる。1

 それでは二つの期間とはいつからいつまでだろうか。その叙唱を見てみよう。 

・待降節第1主日から12/16まで 叙唱:待降節一 「再臨の待望」 

「キリストは人間のみじめさを帯びてこの世に来られたとき、父の定められた愛の計画を実現し、わたしたちに永遠の救いの道をお開きになりました。栄光を帯びて再び来られるとき、いまわたしたちが信頼してひたすら待ち望んでいることは、すべてかなえられます。」    

・12/17から12/24まで 叙唱:待降節二 「降誕の期待」 

「主キリストをすべての預言者は前もって語り、おとめマリアはいつくしみをこめて養い育て、洗礼者ヨハネはその到来を告げ知らせました。キリストはいま、その誕生の神秘を祝う喜びをお与えになり、わたしたちはたえず目ざめて祈り、賛美しながら主を喜び迎えます。」 

 待降節には四つの主日がめぐってくるが、二つの期間で分けると第一主日から第三主日までが「再臨の待望」であり、第四主日は「降誕の期待」である。それぞれのテーマは以下のとおりである。 

第一主日「目ざめて待つ」・・・主の到来への期待 

第二主日「主の道を整える」・・・洗礼者ヨハネの宣告 

第三主日「主は近い、喜べ」・・・洗礼者ヨハネの宣告 

第四主日「みことばは人となった」・・・ヨセフへのお告げ(A年)マリアへのお告げ(B年)エリサベトへの訪問(C年) 

 これらのことを踏まえて、主の降誕をふさわしく準備できるよう待降節を過ごそう。

_

1『典礼暦年と典礼暦に関する一般原則』39参照

             



 「諸聖人と死者、そしてわたしたちと

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

 10月1日は聖テレジア(幼いイエスの)おとめ教会博士の記念日である。守護の聖人としていただいている山鼻教会は、特別に祝日として祈念する。祈りをもって宣教した聖テレジアは『宣教の保護者』と言われている。山鼻教会も宣教の拠点として歩んでいくことを願う。 

 11月1日は諸聖人の祭日の典礼である。諸聖人の典礼とは、すべての聖人と殉教者を記念するものである。彼らは天国にいて、地上にいるわたしたちのために神に執り成してくださっている。信仰宣言で「聖徒の交わり」という言葉が出てくるが、この世の旅路を終えて天国に入った聖人たちが天の教会で神に賛美をささげている。その信仰を宣言するわたしたち地上の教会もその交わりに声を合わせて賛美をささげる特別な日となる。 

 11月2日は死者の日の典礼である。今年は主日に祝われることになる。死者の日には、身近な方、教会の方、すべての亡くなった方々の罪が清められ償いを果たしたのちに、できるだけ早く天の国に入ることができるようにと、ミサの中でわたしたちが祈るものである。 

 この二日間の祈りによって、旅する教会の信者(この世)と天上の教会の聖者(天国)と苦悩の教会の霊魂(煉獄)が「聖徒の交わり」を深めていくのである1。11月1日は諸聖人を記念し、11月2日は亡くなったわたしたちの兄弟姉妹のために祈り、また全ての死者のために祈り、ともに神に賛美をささげよう。 

             

             山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年10月号より

 



 「日本の殉教者その2

                     

                                 主任司祭 佐藤謙一

 

 教会の典礼暦では9月に入ると残り12回の年間の主日の典礼があり、C年が終わる。11月30日からは次の典礼暦A年の待降節が始まる。教会のこよみは通常の一年よりも早く典礼暦年が始まるのでより一年が早く感じられるものである。 

 9月の週日には毎週のように聖人の祝日が続くが、その中で日本の殉教者の記念として二つ入っているのが目に留まる。9月10日の「福者セバスチャン木村司祭と204殉教者」、9月28日の「聖トマス西司祭と15殉教者」の2つがある。 

 9月10日は日本典礼暦の記念日であるが2025年から呼び方が変わり、「日本205福者殉教者」から「福者セバスチャン木村司祭と204殉教者」となった。当時ローマで叙階される日本人司祭が多かったが、セバスチャン木村司祭は日本初の司祭として長崎で叙階された方である。セバスチャン木村司祭と204名の殉教者は、1867年7月7日に教皇ピオ9世によって列福された。彼らの主な殉教地は長崎であり、一部は江戸や仙台で処刑された。セバスチャン木村は1622年9月10日に長崎で処刑された52名の最大のグループに含まれている。 

 福者セバスチャン木村司祭は、ミサで信徒とともに祈り、慈愛に満ちた表情で病者の塗油を施し、聖書を携え信仰の真髄を熱く説き、希望にあふれた信徒たちは熱心に彼の言葉に耳を傾けていた。彼は捕縛されたが、殉教の火刑で信仰のために命をささげる最後まで信徒たちを励まし続けた。セバスチャン木村は信仰を貫き通した204人の殉教者たちとともに、天上で賛美の祈りをささげている。わたしたちも先人たちの信仰を励みとし、日々祈りをささげよう。  

 

             山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年9月号より

 



 「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください

                     

                      ヨハネ・ボスコ 後藤義信 神父 

 

「時課の典礼」の典礼とも呼ばれる「聖務日課」は、「教会の祈り」とも呼ばれ司祭や修道者が唱える祈りとみられていますが、特定の人々のためではなく神の民みんなの祈りとされています。この「聖務日課」は一日の時課に合わせて早朝の読書課に始まり、朝の祈り、昼の祈り、晩の祈り、寝る前の祈りが毎日の祈りとして唱えられるものです。

 この「教会の祈り」は、信者であるわたしたちが祈りをはじめる時、「父と子と聖霊のみ名よって」と唱えはじめるのに変わって「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください」と初めに唱えます。この祈りのことばを口にしていると、信仰を生きる世界中の

人とつながっていることを感じたり、また時折り、心を癒やす懐かしい想い出がよみがえってくるのです。

この「教会の祈り」は、長い間待望されていた日本語版が完成したのがわたしの神学生の時代でした。新しい「教会の祈り」本を手にしながら、毎日、聖堂に集まり神学生一同で祈りをするようになりましたが、学生時代のある日の授業でP神父がニコニコして、授業中に話してくれ話しがよみがえってきます。

 P神父の友人にプロテスタントの牧師さんがいて、牧師さんの家に招かれたときのことでした。牧師さん夫婦も毎日、新しく出版されたこの教会の祈りを唱えているというのです。

牧師さん夫妻には小さな子どもがいて、いたずらをすると注意されるそうですが元気な子どもがこの祈りのことばを覚えていて、走りながら「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください。」と逃げ回るというのです。その話しを聞いてわたしたちは大笑いでした。

P神父はわたしたち神学生に「あなた方も熱心にこの新しくできた「教会の祈り」を大切にしなさい」と励まし勧めると共に、宗派は違うけれど牧師さん家族の熱心な信仰の姿や家族の愛を実に微笑ましく話してくださったのです。

 その想い出は、40数年も前の司祭を目指していた神学生時代の若き日のことで忘れることが出来ません。その時からずいぶん時が流れました。日々を重ねて生きる・・・今は、健康的にも毎日に戸惑いも多く感じられることも多くなりました。そして、「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください。」とその祈りは続いているのです。めまぐるしい時代の変化もまたひとつの戸惑いになりますが、そんな自分がスマートフォンで「教会の祈り」を

唱えていることにも驚きです。

 祈りの本を使用すると、一年の祈りが網羅されている本は分厚く、特に祝祭日の祈りはページをめくり、その日にふさわしいみことばや詩編の祈りを開いて、行ったり来たりすることも多いのです。しかし、オンライン版『教会の祈り』を使用すると毎日、その日の祈りが自動的に手元に送られて開くことが出来るのです。日本の司教団は、スマートフォンでの利用を配慮して編集され昨年11月より無料で誰もが利用できるように配慮し、多くの利用者の「祈りの友」となることを願っています。今は、旅行にもスマートフォンさえ持ってゆけば、厚い祈り本も持参することなく、教会の祈りが出来るのです。

 便利さに感謝し、時代の進歩と変化に戸惑いながら、「神よ、わたしを力づけ、急いで助けに来てください。」といつまでも祈りが続くことを願っています。

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年8月号より

 



「平和を望む希望の巡礼者」

                          主任司祭 佐藤謙一

 

 日本では8月13日から16日までが一般に「お盆」と言われている。日本古来の祖霊信仰がもとになっており、仏教と融合して現在に至る日本の文化的な行事となっている。どの宗教を信仰していても日本ではこの時期にそれにならった形で祖先を思い起こすことも多いだろう。カトリック教会では8月15日が聖母マリアの被昇天の祭日となっており、聖母マリアが地上の生を終えて天に上げられたことを祝うことから、死者を思い起こすことに通じているものがあると感じる。特に8月6日の広島原爆の日から8月9日の長崎原爆の日、そして8月15日の終戦の日までを「日本カトリック平和旬間」と定めて、多くの犠牲者を追悼し平和を祈る期間としている。 

 今年は戦後80年にあたると同時に、カトリック教会では25年ごとの「聖年」を祝っている。聖年とは、神の前にすべての人が尊い存在であることを再確認し、欠けてしまった状態から、本来の状態に戻す平和を実現するための年である。(レビ記25章参照)前教皇フランシスコは今年の聖年のテーマを「希望の巡礼者」とし「聖年がすべての人にとって、希望をとりもどす機会となりますように」と招いている。平和を望むすべての人々が、希望をたずさえて、平和を紡ぐ旅を続けていくことができるよう願いたい。 

 この世を旅するわたしたちが、御子の過越の神秘の光によって、唯一の希望であるあなたへと導かれますように。(2025年聖年のためのミサ集会祈願より) 

                      



「日本の殉教者」

                          主任司祭 佐藤謙一

 

 信仰のために命を失うことを「殉教」と言う。日本ではもちろんカトリック教会だけが殉教者を持っているわけではないが、圧倒的に他の宗教に比べて迫害されたのは間違いのない事実である。1549年に聖フランシスコ・ザビエルが鹿児島に渡来して始められた宣教が当初は受け入れられ、1614年には聖職者150名、信徒数65万人[i]を超えていた。しかしその間1587年には豊臣秀吉によって禁教令が敷かれ迫害が激化し、1597年には長崎で26名が殉教[ii]をとげたのをきっかけに多くの信徒が追放や死刑等の極刑に遭った。

 日本の殉教者の記念は、2月3日の「福者ユスト高山右近殉教者」、2月5日の「日本26聖人殉教者」[iii]、7月1日の「福者ペトロ岐部司祭と187殉教者」、9月10日の「福者セバスチャン木村司祭と204殉教者」、9月28日の「聖トマス西司祭と15殉教者」の5つがある。

 わたしが心に残っているのは、7月1日がその記念日となっている「福者ペトロ岐部司祭と187殉教者」[iv]である。わたしが神学校に初めて行ったのは2009年の入学審査のときであった。試験会場となった講義室の後ろに「祝・ペトロ岐部司祭と187殉教者・列福!」と横断幕が貼られていたのが記憶に残っている。

 それからペトロ岐部司祭について学ぶようになった。司祭殉教者の最大の特徴は苦しむ羊を探し求めて歩く牧者の姿である。また徹底してキリストの生き方をすることを選んでいる。それを支えたのは自分でことのなすのではなく、ことを成就させてくださるのは神であるという信念である。そして教会に仕える司祭こそ日々祈る習慣をしっかりと身につけることが必要であるということである。イエスも活動する前には必ず祈りから始めている。神学校で学んでいたときにいつも祈りから始めていたことを思い起こし、初心に帰りたいと思う。

_________

[i] 2023年12月現在、日本の信者数は41万8千人

[ii] 日本26聖人殉教者、1862年列聖

[iii] ローマ典礼暦では「聖パウロ三木と同志殉教者」

[iv] 2008年列福   

            

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年7月号より

 



「イエスのみ心の月」

                          主任司祭 佐藤謙一

 

 カトリック教会は伝統的に6月を「イエスのみ心の月」としてイエスのみ心に対する信心を勧めてきた。このみ心の祭日に神としての愛の象徴、また人間としての愛の象徴である主キリストの心臓をわたしたちは崇拝する。レオ十三世教皇は次のように言っている。「主の御からだの生きたご心臓は、愛と苦痛に満ちあふれて神のみことばの位格と本質的に合体している。だからイエスのご心臓を尊敬すれば、それは同時に主の位格にもあたる。」地上でわたしたちと苦楽を共にされ、人びとの罪の償いのために受難し十字架上でローマ兵に刺し貫かれた心臓こそ、わたしたちに向かって絶えず燃え立つ愛のシンボルなのである。

 実際の信心としては、聖マルガリタ・マリア・アラコックおとめに対してイエスが啓示なさったことにある。それはみ心の祝日を設けること、償いとして毎月初金曜日に聖体を拝領し、木曜日の晩にゲッセマニのご受難を黙想すること(聖時間)が示され、この信心を続ける者には豊かなお恵みを与えると約束された。

 全世界の教会の祝日と定められたのは1856年で、1889年には第一級の祝日(祭日)と定められた。今年の6月の典礼は毎週日曜日に祭日が並ぶ。主の昇天に始まり、聖霊降臨の主日、三位一体の主日、キリストの聖体、聖ペトロ聖パウロ使徒、平日にも洗礼者聖ヨハネの誕生とイエスのみ心と大きな祭日が続く。新たに誕生したわたしたちの教皇レオ十四世の喜びをともにしながら、6月の豊かな典礼を味わおう。

 

 

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年6月号より

 



「光の道行の祈り」

                          主任司祭 佐藤謙一

 

 『キリストの神秘を祝う』という本の中で「四旬節・復活節に行う信心」という項目があった。その中から前回2回にわたって「行列」という信心についてお話をした。復活節の信心としては、生命の象徴である卵の祝福をし、皆が持ち帰るという信心くらいしかわたしは知らなかった。しかし本の中に「光の道行」というものを典礼秘跡省が発表した『民間信心と典礼』という文書で紹介しているというのだ。それは、十字架の道行の対をなすものとして、十字架から光へ向かう動きとして素晴らしい信仰教育だと書かれている。神の計画のうちにあるわたしたちが、人生の苦しみの体験から、奉仕的な過越の価値である解放、喜び、平和に至る希望を持つことを目的としているというのだ。

ではどのような祈りなのだろう。手持ちの書籍や祈りの本には一切書かれていない。ネットで調べてみると、ある司祭のホームページにその祈りが載っていた。それは神言会司祭のノヴァク神父のホームページであった。十字架の道行と同様に14の留があり、「復活された主の足跡をたどる」とタイトルにある。通して見るととても良い祈りであると感じた。みなさんも祈りの幅を広げてみてはいかがか。以下に第四留だけ紹介する。

 

第四留 復活されたイエスは、 エマオへの道で弟子たちに現れる
先唱者: キリストよ、あなたは尊い十字架と復活によって世界を救ってくださいました。
一同: 私たちは、あなたに賛美と感謝をささげます。
聖書朗読 「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから60スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた。話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。」(沈黙)
先唱者: 人間は、真理を知り、それに従うためではなく、ただ自分の興味を満たすためや、他の利益のためにだけいろいろな情報を集めたり、いろいろな話に耳を傾けたりするならば、「イエスが復活して、生きておられる」という知らせを聞いて、それが興味深いことであると思っても、何も理解ができず、自分の心の状態も、自分の生き方も何も変わらない恐れがあるのです。
先唱者: 主イエス・キリスト、私たちがあなたと共に父のもとへ歩むことができますように、
一同: 私たちの心の目と心の耳を開いてください。
先唱者: 主の過ぎ越しをたたえよう、
一同: 死を身に受けた命の主は、今や生きて治められます。
先唱者: 勝利の王、キリストよ、
一同: 私たちにいつくしみを注いでください。
参照:https://lumen-christi.com/hikarinomichi/

 

日本カトリック典礼委員会編、『キリストの神秘を祝うーーー典礼暦年の霊性と信心』、P.98、2015年、カトリック中央協議会

 

 

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年5月号より

 



「行列と断食 その二」 

                          主任司祭 佐藤謙一

 

先月の巻頭言で、四旬節の典礼と関係する信心業として「行列」と「断食」について触れた。今回はまだ説明していない残りの「行列」の意義について見てみよう。残りは②枝の行列(受難の主日)③聖体安置のための行列(主の晩餐の夕べのミサ後)④十字架礼拝のための行列(聖金曜日)⑤光の行列(復活徹夜祭)がある。

枝の行列では、柔和なロバに乗ったイエスのエルサレム入城をあらわす。枝を持って集まった会衆を言葉と水によって祝福し、会衆と司祭はともに歩んで行く。枝はメシアである王イエス・キリストとその過越の勝利への信仰のあかしとして各自が家に持ち帰り、次の年の灰の水曜日のために保存される。

聖体安置のための行列では、安置所までの行列と安置した後の聖体訪問がある。これは聖体拝領につながって行くものである。わたしたちに食べられるために待っておられるキリストを意識することが大切である。ご聖体の前での祈りは、ミサでの「神の小羊の食卓に招かれた人は幸い」という司祭の呼びかけに信者が答えようとしている場面を思いながら祈るのがよい。

十字架礼拝のための行列は聖金曜日の中心となっている。7世紀ごろから始まっており、教皇が十字架の遺物を運んで顕示し、信者がこれを崇敬するという式に由来している。キリストの受難に一致することや日々自分の十字架を担ってキリストに従うことを思い起こす行列である。また、十字架の道行きという信心業はその先取りとして四旬節中の毎週金曜日に行われるものである。

光の行列は復活徹夜祭で行われ、墓の暗闇から復活の栄光に至る主の過越を思い起こす行列である。十字架の道行きの締めくくりとして十字架から光へ向かう動きである。この行列はそれぞれの人生の中の苦しみから解放、喜び、平和へと到達する希望を表している。

ご復活の日まで行列の意味をかみしめながら祈ってみてはいかがだろうか。

 

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年4月号より

 



「行列と断食 その一」 

                          主任司祭 佐藤謙一

 

3月5日から四旬節が始まる。四旬節に行う信心業として十字架の道行きがよく知られている。これとは別に典礼と関係する信心業として行列と断食について触れてみたい。

四旬節はほかの時にもまして体による復活信仰を表現し深める季節である。信仰は無意識であろうと意識していようと体全体に浸透して初めてその力を発揮するものである。意識しなくても体が覚えていると感じることもあろう。その中で四旬節の典礼に特徴的なものの一つとして「行列」がある。通常のミサでは入堂、奉納、拝領の行列だけであるが、四旬節には①灰を受けるための行列(灰の水曜日)②枝の行列(受難の主日)③聖体安置のための行列(主の晩餐の夕べのミサ後)④十字架礼拝のための行列(聖金曜日)がある。復活徹夜祭も含めると⑤光の行列がある。

灰の式は、わたしたちがはかない存在であり、死が避けられない者であり、神のあがないを必要とする者であることを、体をもって体験する機会となる。この式の意義は回心と新しい復活の約束に向かう心構えをもつことにある。灰をかける時の司祭の言葉として「回心して福音を信じなさい」や「あなたはちりであり、ちりに帰って行くのです」を聞くことも心を新たにする機会となる。

「断食」は特に四旬節の特徴となっている。小斎は毎週金曜日であるが、大斎は四旬節期間中の灰の水曜日と聖金曜日だけだからである。わたしたちの飢えや渇きをいやす方はキリストであるという信仰がそこにある。また断食は、隣人愛を含めた愛の実践へと方向づけられているので、祈りとともになされることが必要である。「施し・祈り・断食」がキリスト者の生き方とされているからである。なお、小斎は満14歳以上の人が肉類を食べないこと、大斎は満60歳未満の成人が一日に一回だけ十分な食事をし、そのほかに朝ともう一回わずかな食事をとることができるという掟である。

 

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年3月号より

 



「典礼音楽とは」  

                          主任司祭 佐藤謙一

 

 教会ではミサで典礼聖歌を歌ったり、オルガンで演奏したりしている。教会音楽や典礼音楽と言われるものについてどの程度わたしたちは理解しているだろうか。山鼻教会で4月から信徒の皆さんに向けて典礼音楽についての勉強会を始めようと思っている。そのために神学校で学んだことを今復習して学びなおしているところであり、その一部を紹介したい。

そもそも「典礼」とは、「教会(神の民)が主キリストの名によって行う公式の礼拝(集会)で、必ず、『聖書』が朗読される」ものという定義になる。すなわち、典礼とはミサ、集会祭儀、教会の祈りなどのことを言う。どこの教会に行っても同じ祈りがささげられている『公式の礼拝』が典礼なのである。このような教会の公式の礼拝集会で用いる音楽を典礼音楽と言う。

ここで典礼音楽と呼ばれているものは次のものである。グレゴリオ聖歌、各種の聖なる新旧合唱曲、オルガンやその他の許可されている楽器のための教会音楽、典礼的および宗教的な一般讃美歌(カトリック聖歌集など)である。ところが、たとえ歌詞や題名が聖書などに基づいたものであっても、礼拝のために作られたものでなければ、典礼音楽とは言いがたい。たとえば、へンデルの「メサイア」は典礼音楽とは言えないし、メンデルスゾーンやワーグナーの結婚行進曲も典礼音楽とは言えない。

典礼音楽は、典礼祭儀に従うものである。典礼に参加する会衆の心を一つにして、神に祈るためのものである。会衆の行動参加を阻害するものはふさわしいとはいえない。本来歌うべきものや歌うように作られたものは、重大な支障がない限り、歌うことが望ましい。何よりも祈りである典礼音楽は、信仰のあり方を定めるものなのである。

典礼音楽によって祈りをささげることがミサ、集会祭儀などにとって最もふさわしいものであることを心に留めて、これからも大いに歌おう。

 

 



  「希望」   

                          主任司祭 佐藤謙一

 

教皇フランシスコから『希望は欺かない』という大勅書が出され、2025年の通常聖年が宣言されました。札幌教区では7つの教会を巡礼地として指定され、2024年12月29日(日)のミサ後に始まり、2025年12月28日(日)のミサ後に終わります。この期間、希望の巡礼者である信者は、聖なる巡礼を行うことにより、教皇から聖年の免償を受けることができます。一年の始まりに当たって、皆さんが聖年をふさわしい心で過ごすことができるよう願っています。

ところで、わたしたちの希望とは何なのでしょうか。それは、最終的に永遠のいのちにあずかることでしょう。そのために常に意識すべきことは、誰もが訪れる死の瞬間に、神とキリストとの出会いの際の永遠の運命の決断をどうするのかということでしょう。死をもって地上の時間は過ぎ去り、永遠の運命が永遠に変わることなく定められます。永遠の運命の決断とは、神を肯定するか否定するか、キリストを受け入れるか拒むかという決断で、これは信仰における決断となります。それは各自の自由意志による決断に任されているので、生きている間に永遠の運命の決断の準備をしておくことが必要なのです。この準備とは、死においてわたしたちを御自分のいのちへと立ち上がらせてくださる神を信じて、神に感謝し、絶えず神を賛美することです。と同時に、弱い人、貧しい人、苦しんでいる人に対して自らができる助けを与えることでもあります。つまり、神と隣人に対して自分をささげきることが、その準備となるのです。

教皇フランシスコは大勅書の中で希望とは何なのかを次のように説明しています。「希望は、信仰者の生き方の方向と目的を示す、いわば指南役です。わたしたちは自分を救ってくれた希望のおかげで、自分の人生が行き止まりや暗闇に向かっているのではなく、栄光の主にお会いすることに向かって進んでいるという確信を得ています。主の再臨を待ち望みつつ、主において永遠に生きるという希望のうちに、日々を送りましょう。この精神をもって聖書を締めくくることばである最初のキリスト者たちの感動的な祈りをわたしたちのものといたしましょう。『主イエスよ、来てください』(黙示録22・20)。」 

 

              山鼻教会機関誌「おとずれ」❜25年1月号より

 



  「主の降誕の後の3日間」

                         主任司祭 佐藤謙一

 

 わたしたちは12月1日の待降節第一主日から始まる待降節を24日間過ごした後、「主の降誕」を迎える。主の降誕の後の3日間は祝日が続く。26日は「最初の殉教者聖ステファノ」、27日は「聖ヨハネ使徒福音記者」、28日は「聖なる幼子殉教者」である。

 主の降誕の後にこの3つの祝日が続くことには意味深いものがある。まず、主の降誕の直後に最初の殉教者である聖ステファノの天の国への誕生を祝う。およそ2000年の歴史の中で数知れない殉教者がいたが、その初穂であることをお祝いするのである。次に、イエスの受肉とイエスの愛を書き記した聖ヨハネ使徒福音記者をお祝いする。イエスの福音によってわたしたちは神のはかりしれない愛を知ることができるようになったからである。最後に、イエスを知らずに亡くなった幼子たちが、主の降誕の恵みにより栄光を受けてあがなわれたことをお祝いする。イエスを知らない人であっても神は見捨てることがないからである。イエスをあかしすること、イエスを宣べ伝えること、イエスを知らなくても神の愛によって救われることがこの3日間で祝われるのである。

 別の見方もある。それは司祭職と結びつける見方である。聖ステファノは助祭としてイエスをあかしし、聖ヨハネは司祭としてイエスを宣べ伝え、幼子は神学生としてこれからイエスを学ぶ者として見る見方である。司祭職を歩む者のために祈るのはよいことである。わたしたちの間からイエスをあかしし、イエスを宣べ伝え、イエスを学ぶ人が出てくるよう祈り求めよう。

 いずれにせよ、新しい年を待ち望みながら、主の降誕の後の3日間についても、みことばの黙想をすることをお勧めしたい。

 

 

            山鼻教会機関誌「おとずれ」❜24年12月号より  


  「菊地功枢機卿」

                         主任司祭 佐藤謙一

 

 10月6日に教皇フランシスコが、東京教区大司教の菊地功(きくちいさお)大司教を2024年12月8日に枢機卿に叙任すると発表した。現在日本からはただ一人、大阪高松教区大司教の前田万葉(まえだまんよう)枢機卿が2018年に任命されている。これを機に枢機卿の職務について知っておこう。

 枢機卿は教皇の最高顧問となる。つまり、重要な案件について教皇を直接補佐する枢機卿団の一員となり、日常的な業務については個々の能力に応じて教皇を助ける。菊地大司教は国際カリタスの総裁を務めておられ、また日本での20年に及ぶ司教職で培った能力を教皇の補佐としても使ってもらいたいと考えての任命であろう。

 枢機卿の職務でわたしたちが直接目にするものは教皇選挙であろう。コンクラーベと呼ばれる教皇選挙でこれまでもベネディクト16世教皇やフランシスコ教皇の選出のニュースをわたしたちは目にしたことがあろう。教皇選挙については任命した教皇が死去あるいは引退した時に行われるものであるから、自分の都合の良いように任命したとしても、その教皇はもう選ばれることはないので選挙においては影響がない。つまりこれからの教会のために選ばれるのが枢機卿ということがわかるだろう。

 わたしたちにはこれらの職務が直接には関係がないように思えるが、菊地氏大司教はカトリック新聞に次のように答えている。「教皇様による親任(=叙任)は、私個人への栄誉ではなく、日本の教会への教皇様の熱い思いの表れであり、日本のそしてアジアの教会への祝福です。」 最後に次のように締めくくっている。「枢機卿という栄誉は、皆さんのものです。どうかその責務を私が十分に果たすことができるよう、お祈りください。」わたしたちもともに歩む菊地大司教のために祈りをささげよう。

            


  「ロザリオの月」

                         主任司祭 佐藤謙一

 

 10月がロザリオの月と呼ばれるのは皆さんご存知だと思う。その成り立ちはカトリック関係のホームページ等で知ることができるので、ここでは記さない。

 ロザリオは聖母マリアの祈りを通して、イエスの生涯を黙想する祈りである。バラの花にはトゲがついている。そのトゲを一つひとつ取り、バラの花だけの冠にするという意味がある。アヴェ・マリアの祈りを唱えてイエスのいばらの冠のトゲを一つひとつ取り、ロザリオ1環唱えることによりバラの冠とするのである。

 はじめは「喜びの神秘」と言われるマリアの5つの喜びを黙想するだけだったが、後にイエスの受難から十字架の死に至る「苦しみの神秘」とイエスの復活と昇天、聖霊降臨、聖母の被昇天に至る「栄えの神秘」が加わり、イエスの生涯を黙想するようになった。この3環を唱えるとアヴェ・マリアの祈りを150回祈ることとなる。聖務日祷と呼ばれていた教会の祈りは昔は文字の読める聖職者や修道者が毎日唱えるものであったが、4週で150の詩編を唱えていたことから、ロザリオが信徒の教会の祈りとも言われていた。

 さらにヨハネ・パウロ2世はイエスの公生活での神の啓示を「光の神秘」として加えられた。これにより「喜びの神秘」「光の神秘」「苦しみの神秘」「栄えの神秘」となり、イエスの生涯を豊かに黙想することができるようになった。

 この10月のロザリオの月から、およそ30分ほどの時間を取って、毎日ロザリオ1環を唱えて、イエスの生涯を黙想してみてはいかがでしょうか。死者や隣人のための意向を持ってささげるとなおよいでしょう。                         

 

            山鼻教会機関誌「おとずれ」❜24年10月号より  



 「被造物とともにあって、希望し行動しよう」   

                          主任司祭 佐藤謙一

 

毎年 9 月 1 日から 10 月 4 日までを日本の司教団は「すべてのいのちを守るための月間」と定めて、今年は成井大介責任司教談話が発表されています。その中で以下の問いかけがありました。みなさんはどう考えますか。『生かされている――皆さんは、こんな思いが心の底から湧き上がってくることが最近ありましたか。自分で生まれてきたわけでも、自分だけで生きているわけでもなく、さまざまなつながりの中で今自分が生かされている、ということは考えてみれば当たり前のことですが、それを実感として深く感じることがありますか。・・・イエスの驚きに満ちたまなざしは、わたしたちが総合的なエコロジー、すなわち神と、他者と、自然とそして自分自身と調和して生きる道筋を示しています。今年のすべてのいのちを守るための月間の間、イエスの驚きに満ちたまなざしで自分を取り巻くいのちのつながりに目を向けてみませんか。』1

この期間「すべてのいのちを守るためのキリスト者の祈り」をともに祈ることにいたしましょう。『宇宙万物の造り主である神よ、あなたはお造りになったすべてのものをご自分の優しさで包んでくださいます。わたしたちが傷つけてしまった地球と、この世界で見捨てられ、忘れ去られた人々の叫びに気づくことができるよう、一人ひとりの心を照らしてください。無関心を遠ざけ、貧しい人や弱い人を支え、ともに暮らす家である地球を大切にできるよう、わたしたちの役割を示してください。すべてのいのちを守るため、よりよい未来をひらくために

聖霊の力と光でわたしたちをとらえ、あなたの愛の道具として遣わしてください。すべての被造物とともにあなたを賛美することができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。』(2020 年 5 月 8 日 日本カトリック司教協議会認可)

 

1 https://www.cbcj.catholic.jp/2024/08/14/30471 

 

            山鼻教会機関誌「おとずれ」❜24年9月号より  



 「2025 聖年への準備の祈り」   

                          主任司祭 佐藤謙一

 

教皇フランシスコは、2024 年 2 月 11 日、2025 年の聖年の開催を告知し、聖年を布告する大勅書「Spes non confundit(希望は欺かない)」を発表しました。聖年は 2024 年 12月 24 日にバチカンのサンピエトロ大聖堂の聖なる扉が開かれて開幕し、2026 年 1 月 6 日の主の公現の祭日に同扉が閉じられ聖年は閉幕します。それに先立って教皇フランシスコは、2024 年を 2025 年聖年への準備として『祈りの年』とするよう求めました。聖年への準備に向けて、今年 2024 年は「個人的な祈り、そして共同体としての祈り」を中心に各教区で行うよう教皇フランシスコは願われています。教皇が定められたこの祈りをみなさんもともに唱えて 2025 聖年を迎える準備をいたしましょう。

 +聖年の祈り

               天の父よ、

     あなたは、わたしたちの兄弟、御子イエスにおいて信仰を与え、

   聖霊によってわたしたちの心に愛の炎を燃え上がらせてくださいました。

              この信仰と愛によって、

         神の国の訪れを待ち望む、祝福に満ちた希望が、

          わたしたちのうちに呼び覚まされますように。

           あなたの恵みによって、わたしたちが、

        福音の種をたゆまず育てる者へと変えられますように。

      この種によって、新しい天と新しい地への確かな期待をもって、

        人類とすべてのものが豊かに成長していきますように。

             そのとき、悪の力は打ち払われ、             

            あなたの栄光が永遠に光り輝きます。

                聖年の恵みによって、

           希望の巡礼者であるわたしたちのうちに、

            天の宝へのあこがれが呼び覚まされ、

        あがない主の喜びと平和が全世界に行き渡りますように。

           永遠にほめたたえられる神であるあなたに、

          栄光と賛美が世々とこしえにありますように。

                  アーメン。

 

 

参照:https://www.cbcj.catholic.jp/catholic/holyyear/jubilee2025

                              



「福者ペトロ岐部司祭と 187 殉教者」

 

       主任司祭 佐藤謙一

 

2009 年から 7 月 1 日に日本の教会は、記念日として「福者ペトロ岐部司祭と 187 殉教者」を祝っている。これらの 188 人の殉教者は 2008 年 11 月 24 日に長崎で列福された。この記念日はわたしにとっては忘れられない記念日である。

 わたしが神学校の入学試験を受けたのは2009 年 9 月 24 日から 26 日までであった。その時の試験問題の一つとして「7 月 1 日の記念日として昨年列福された日本の殉教者の人数は何人か」という質問があった。直近の出来事として教会では多くの方が知っていることではあったであろうが、わたしは神学校に行って司祭となって教会に奉仕しようと思い、そのきっかけとして教会でよく働いていた母の死(2008 年 3 月)と父の死(2009 年 3月)があり、その後神学校に入りたい旨を養成担当司祭に相談し仕事をやめて実家を整理しながら受験の準備をしていたので、実は教会の動きをほとんど把握していなかった。もちろん試験では答えることができなかった。

 試験が終わり、席を立ち振り返ってみると教室の後ろの壁に、『福者ペトロ岐部司祭と187 殉教者 列福!』という 3 メートルほどもある横断幕が張られていた。幸い試験は無事合格できたが、この記念日は一生忘れることはない。これからは周りをよく見るようにしようと思った。

 彼らは 1603 年から 1639 年にかけて殉教した日本人であるが、同時期に殉教した北海道の殉教者は残念ながら含まれていない。北海道には松前藩の千軒岳を中心とした 106 名の殉教者の記録がある。記録はあるが個人の名前は記されていないので列福できないのである。こちらは函館地区の行事として、毎年 7 月の最終日曜日に巡礼登山と記念ミサが行われている。7 月に入り、特に殉教者の信仰の証しを思い起こし、わたしたちもイエス・キリストを証ししていくことができるよう祈ろう 。

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜24年7月号より                 



「回勅、使徒的勧告、使徒的書簡、自発教令とは」

 

       主任司祭 佐藤謙一

 

 最近、教皇文書を読むことが多い。「回勅ラウダート・シ」「使徒的勧告ラウダート・デウム」「使徒的書簡わたしはせつに願っていた」などだが、文書のタイトルの前の言葉が違っていることに気づく。これらの教皇文書の違いについて今一度確認しておこう。

 教皇または教皇から委任をうけた代理者によって直接発せられる聖座の公式見解を教皇文書と言う。「回勅」とは、ローマ教皇が司牧的な意図にもとづいて信者の信仰生活を導き、信者をまちがった考えから守るためにすべてのカトリック教会にあてて送る書簡のことを言う。回勅には教会法上の拘束力があって、回勅を公に否定をしたり、信者に回勅をまちがって伝えたりすることは教会法によって裁かれて最悪「破門」となることがある。

 「使徒的勧告」とは、ローマ教皇が聖職者や修道者や司教などに向けて、彼らが霊的生活のある面で進歩するよう勇気づけるために送る勧告のことを言う。これは特定の信徒にあてて送られることもある。「使徒的書簡」は、教皇の公的な書簡のことを言う。さまざまな機会に教会の要職にある者や特定の団体に宛てたあいさつが多いが、全教会に宛てた司牧的書簡もある。これらはあくまで励ます言葉なので教会法上の拘束力はない。

 ほかには「自発教令」というものがある。これは教皇自身から直接発せられる教令のことで、一般には聖職者や信徒から寄せられた教会規律や教会法上の諸問題に対する回答として教皇が下した決定を伝える教皇書簡を指す。このほかにも毎年定期的に「教皇メッセージ」が送られてくる。教皇がわたしたちに何を伝えたいのかを知っておくことで、今教会が取り組んでいる諸問題や進むべき道が理解できて信仰生活が豊かになるのではないだろうか

 

               山鼻教会機関誌「おとずれ」❜24年6月号より                 



「教皇フランシスコ使徒的書簡『わたしはせつに願っていた』を読んで」

 

       主任司祭 佐藤謙一

 

 この書簡は2022年6月29日に公布されたものです。典礼に関する教皇文書はこれまであまり出ていませんでしたが、教会生活の一つである典礼について信徒の皆さんと分かち合いたいとの思いで出されたものです。本の帯には「典礼における両極端の逸脱に警鐘を鳴らし」とあります。一つの端は典礼を単に形だけのものであるとしてそのしるしを軽視すること、もう一つの端は第2バチカン公会議以前の典礼を神が定めた正統なものであるとし、現在の典礼を人が決めたものとして異端視することです。わたしたちはそのどちらでもなく真理を求めて行かなければなりません。教皇の言葉を引用します。「もしわたしたちが聖霊降臨後のエルサレムにどうにかたどり着き、ナザレのイエスについての情報を望むだけでなく、やはりイエスに会いたいと願ったとしましょう。その場合、わたしたちにできるのは、これまでにないほど生き生きとイエスのことばと動作を見聞きするために、イエスの弟子たちを探し出すことだけです。主の晩餐を祝う共同体以外に、イエスと真に出会うことのできる可能性はありません。だからこそ教会は、『これをわたしの記念として行いなさい』という主の命令を、もっとも価値ある宝としていつも時代も守り続けてきたのです。」イエスと出会うことのできる典礼を行っているのは主の弟子であるわたしたち自身であり、そのための共同体であることをあらためて確認して歩んで行きましょう。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

教皇フランシスコ、使徒的書簡『わたしはせつに願っていた』P12、宮内毅司祭訳、カトリック中央協議会2023年。

 

                  カトリック山鼻教会通信<5月号>より

 



「初心を思い出して」

       主任司祭 佐藤謙一

 

 2月20日から札幌教区神学生のレ・シュアン・ビンさんと一緒に生活を始めて一か月が過ぎた。2月26日に助祭・司祭候補者に認定されて晴れて正式な札幌教区の神学生となったばかりである。2024年度の1年間は神学校を休学し、札幌で日本語を学びなおす1年となる。日常生活の中での意思の疎通は可能だが、司祭となって人々に神のことばを伝えるには概念と言葉がまだ足りないのではないかと神学生養成担当をはじめ司教が判断したからである。この1年をしっかりと過ごすことによって将来の司祭職のために必要な大切なものを得ることができると信じている。皆さんもビンさんのためにお祈りください。

 さて、わたしと一緒に生活をしているので朝の祈りと晩の祈り、そして朝食と夕食は一緒に行うことにしている。これはわたしにとっても新鮮なものとなっている。聖職者は「教会の祈り」を特別に委託されており、信者が出席していないときでも、単独で「教会の祈り」を唱えなければならない。修道者とは違い、教区司祭には「教会の祈り」を共同で唱える義務はない。しかしできるだけ共同で唱えることも勧められている。司教館事務局長だったときには毎朝、朝の祈りとミサを行っていたが、小教区に住むようになり共同で祈ることはなくなっていた。今は神学生だったときのことを思い起こし、ビン神学生と一緒に「教会の祈り」を唱えている。「教会の祈り」は生活を規則正しく、ミサで与った聖体の秘跡を生活のさまざまな時間に行き渡らせるために必要なものであると教皇パウロ6世は言っている1。

 ところで『教会の祈りの総則』がカトリック中央協議会より昨年6月に発行された。今までは「教会の祈り」の本の初めにとても小さな文字で総則が載っていたが、このたび別刷りとしてより大きな文字で読むことができるようになっている。「教会の祈り」を唱えるためにも他の祈りを唱えるためにも、まず『教会の祈りの総則』から学び、それぞれの祈りにつなげていくことを勧めたい。皆さんが祈りを深めるためにも参考になるものだと思う。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

1 日本カトリック典礼委員会編『教会の祈りの総則』カトリック中央協議会、P7、使徒憲章「ラウディス・カンティクム」参照、2023年。

 

カトリック山鼻教会通信<4月号>より  

 



「復活徹夜祭に向けて」

       主任司祭 佐藤謙一

 

 復活徹夜祭を含む「聖なる過越の3日間」は、主の受難と死と復活を一連のものとして祝う典礼である。これは主日に行っていることを、3日間に渡ってイエスの「聖体の制定」、「受難」、「死」、「復活」を時間経過に従って再現し記念するものである。それによって、イエスの死の意味は何だったのかということを毎年振り返ることができるのである。

 中世の教会は、主の受難と死が地上における宣教の終わりであり、復活は地上とは異なった天上におけるイエスの新しいいのちの始まりであると考えて二分して典礼を行っていた。しかし、1955年聖ピオ12世教皇が、今まで午後にミサが禁じられていたのを刷新し、まず復活徹夜祭という夜のミサを復活させた。第2バチカン公会議後の1970年に古代教会の伝統を復興し、イエスの受難と死が復活とは切り離すことができない連続した出来事として、聖なる過越しの3日間が制定されたのである。

 復活徹夜祭は、闇から光へ、主の死から主の日への移行を記念する年間の典礼の頂点である。復活徹夜祭は夜(聖土曜日の日没後から主日の明け方の前まで)に行われることになっている。これは、神がイスラエルの民をエジプトから脱出させるために徹夜されたという出エジプト記12章42節の記述に基づき、神の働きによって、イエスが死から復活の命へ過越された神秘を祝うための祭儀である。この復活徹夜祭を通してキリスト信者は主の復活を祝いながら、同時に新しい過越が自分たちの上に実現する「終わりの日」(=主の再臨の日)を、目覚めて待つように促される。

 『病人は一度よくなってもいつかはまた病気になって、最後には必ず死にます。しかし、イエス様に対する信仰によって与えられる霊的な生命は永遠に生きるのです。』これは聖アウグスティヌスの言葉である。イエスとともに生きることの頂点としての復活を復活徹夜祭で味わうことができるのである。

 

カトリック山鼻教会通信<3月号>より  

 



「四旬節が始まる」

       主任司祭 佐藤謙一

 

 「四旬節」は復活の主日によって開始日が変動する。今年は2月14日の灰の水曜日から始まり3月28日の主の晩餐の夕べのミサ直前までの44日間である。復活の主日は「春分の日」の後の最初の「満月」の次の「日曜日」と決まっている。したがって、もっとも早い灰の水曜日は2月5日になることもあり、もっとも遅い場合は3月11日になる。2月に四旬節に入らない年も3年に一回くらいはある。

 四旬節の意義は、第一に復活祭に向けた準備である。第二に洗礼志願者の準備である。第三に信者がすでに受けた洗礼の恵みを新たにする期間である。洗礼志願者がいなくても他の共同体の志願者のために祈りをささげ、また、信者の洗礼の恵みを思い起こし回心に招く期間でもある。

 この期間にはいろいろなしるしがある。まず灰の水曜日では灰の祝福と灰をかける式がある。

司祭は灰を振りかけながら「回心して福音を信じなさい」と回心を勧める。目と耳と口に示されるしるしとしては、控えめに花壇を花で飾ることや、オルガンや他の楽器が歌を支えるためだけに用いられることや、アレルヤと唱えないことや、沈黙を重んじることなどである。このようなしるしによって四旬節が回心の季節であることをわたしたちに思い起こさせるのである。

 四旬節の信心業としては「十字架の道行き」という祈りがある。イエスが十字架につけられた主の受難が金曜日であることから、時に四旬節中の金曜日に共同で祈ることが多い。イエス・キリストの受難を心に呼び起こし、信者の沈黙に役立てるものである。これから始まる四旬節では特に祈りと沈黙を大切にして行こう。

 

カトリック山鼻教会通信<2月号>より  

 



「神学生の1月の思い出」

       主任司祭 佐藤謙一

 

 わたしが神学生だったとき、毎年12月の終わりには冬休みとなり札幌教区に戻って来ていた。

冬休みはとても大切は時である。帰って来てから降誕祭をどこかの教会のミサにあずかり、教会の皆さんと交流を持つのも大切だが、本当に大切なのは次の日である。毎年12月26日に神学生養成担当の司祭団と面接し、その評価をもって司教と面接し、次の年度に進学するか、休学するか、やめるかを決断するからである。

 進学する、あるいは卒業して司祭叙階するのであれば問題はない。また、ある意味やめるのも問題はない。すぐに切り替えて次の道を考えればいいからだ。問題は休学する場合である。休学とは神学校での学びを休んで、教区で学びと養成を行うことを意味する。司教としては神学校に行ってもらって順調に成長してもらうのが、一番心が休まることであろう。しかし教区の中にいてもがき苦しみながら学び養成してもらうことになるのは、本人が一番苦しいであろうし、周りで見ている司祭団や司教も何とかしてあげたいと思うことばかりで、とても苦しいものなのである。

 私は冬休みを迎えて札幌に帰ったときにこの面接が嫌なものであったことを覚えている。

この短い冬休み期間の前半は、本来はクリスマスの喜びに満たされているはずであるが面接のことがあり気持ちが沈むことになっていた。しかし、わたしの場合は毎年進学することができたので年末から1月にかけては晴れやかな気持ちで新年を迎えることができていた。司祭叙階され、わたしは今も召命の道を歩むことができていることに感謝している。

 これまでに司祭に叙階された者も途中で去っていった者もそれぞれの心の葛藤の中で年末年始を過ごしていたのである。今はそういう季節である。わたしたちには計り知れないことかもしれないが、皆さんは祈りと犠牲によって神学生を支えて行くことができるのである。

 

カトリック山鼻教会通信<1月号>より  

 



「久野神父逝く」

       主任司祭 加藤鐵男

 

 二月六日に久野神父は帰天されました。享年九十二歳でした。私が司祭叙階されて同時に事務局長を命ぜられて、事務所の机に座っているのをご覧になって、年齢は重ねているけれども何事も分からない司祭に成りたての私に、「あなたがここに座っていると安心するんだよね」と声を掛けてくださいました。気恥ずかしいのと、また、全ての人にそのような優しさを示してくださる神父様なのだと感心したことを覚えています。

 私は実際には、聞いたこともなければ、見たこともないのですが、エレクトーンの演奏を毎日のように練習し、教会の大きな行事の時には、その腕前を披露していたと言いますし、スキーは一級の指導員の資格を取得して、後進の指導に当たっていたと聞いています。

 また、ここ数年はコロナ感染の状態で中止になっていましたが。北斗市のトラピスト修道院での司祭黙想会には、九十歳近くになっても、八時間掛けて休み休みしながら、車を運転して出席しておられました。

 光星高校で教鞭をとり、幼稚園の園長も長く勤められて、カトリックの精神を子どもたちに伝える事にも熱心でした。また、倶知安教会では、全ての園児、保護者が入れるようにと私財をなげうって、聖堂を拡張するなど、「キリストの福音」を生き切ることに生涯にわたって努めておられました。

 そのような久野神父が病に侵され、高年齢で症状の悪化が進まずに司牧に励んでおられましたが、転移による進行がみられ入院されて、あっという間に天に召されて行きました。

 「私たちは神の作品であって、神が前もって準備してくださった善い行いのために、キリスト・イエスにあって造られたからです。それは、私たちが善い行いをして歩むためです」(エフェソ2章10節)。

 ヨセフ久野勉神父は、この聖句のように、「キリストの福音を」生涯にわたって、追求し、それを実践してこられました。 

 いまは、天国にあってゆっくりお休みくださいと祈り続けると共に、私たちのために神への取次を願い、僅かでも神父様の生き様を模範として歩むことが出来ますようにと願ってまいりましょう。

山鼻教会機関誌「おとずれ」❜22年3月号より  

 

 



「支援を必要としているひとびと」

            主任司祭 加藤鐵男

 

 新年を迎えて早くもひと月を過ぎようとしています。お正月には、綺麗に並べられたたくさんの御馳走の食卓を囲んで美味しいものでお腹が満たされたことだと思います。「七草がゆ」は、連日美味しい食べ物で満たされ続けた「胃」を休めるという意味もあると伺ったことがあります。こんな穏やかな新年を迎えた私たちは、幸せに満たされています。しかし、世界に目を向けて見ると大変な状況が長期にわたって続いていることを私たちは、知らされます。

 紛争の続く自国を捨てて安全な国を目指して難民として、たどり着こうとしても、国境や海峡で足止めされてしまいます。武力で他国へ入ることを拒否されて戻され、海峡をゴムボートで渡ろうとして、空気が抜けて三十数人もの犠牲者がでたことは、まだ記憶に新しいところです。

 タリバンによって、国を掌握されたアフガニスタンでは、厳しい冬を迎え、暖を取ることも出来ず、食べる物もない状況が続いています。ミルクもなくこのままでは、百万人のこどもたちが、栄養失調で死亡するだろうと報道されています。さすがに経済制裁をしている国々も、人道的支援を打ち出して援助に乗り出そうとしています。しかし、それを配分するシステムが構築されていなくて、末端まで行き渡ることは困難な状況だと言われています。日本も隣国の大使が政権側と接触し何とか、平和の道を探ろうと試みていますが、まだまだ時間が必要なようです。

 私たちにとって直ちに援助に結びつくことは、出来そうにもない事態ですが、一刻もはやくそれが実現しますようにと日々祈り続けることが大事です。

 

「私たちは神の作品であって、神が前もって準備してくださった善い行いのために、キリスト・イエスにあって造られたからです。それは、私たちが善い行いをして歩むためです」(エフェソの信徒への手紙2章10節)。

 この聖書の言葉のように、神によって造られた私たちは、善い行いをする為にこの世に送られてきました。一人ひとりがそのことを自覚し常に思い起こしながら、実践していくことが求められています。この世に生を受けた人々が、その命を全うできますようにと祈り続け、自分たちばかりではなく、すべての人が救われるよう願いましょう。 

山鼻教会機関誌「おとずれ」❜22年2月号より  

 

 



「ある教会の献金箱」

司祭 加藤鐵男

 

 私が主任を務める教会でベトナム人のためのミサを行うようになって一年が過ぎました。彼らもすっかりこの教会に馴染んで、毎日曜日には、必ず少人数であっても祈りの会が開かれています。また、主日のミサに数人は、参列しています。

この教会には、献金箱は設置されていません。ところが、最近五、六件も続いて一階や二階のミサ参列者名簿を書くための鉛筆などの入れてある小箱に、五百円玉や千円札が入っていることが確認されています。信徒がそれを見つけては私のところに届けてくれています。献金として受け入れていますが、不思議です。

 ベトナム人たちが、休みの平日などに聖堂訪問をしたついでに、献金箱が見当たらないので、目についた箱の中に入れていくのではないかと思っています。でも、私に疑念が湧きました。誰もが目に止まる、蓋もないような箱にお金を入れて行って盗まれはしないかと考えないのだろうかということです。だが、そんなことは考えもせず、自分の入れたお金は献金として教会に入ることを疑わないのだろうと思います。

 イエスの衣の裾にでも触れれば自分の病気が癒されると信じた「長血患いの女」や「僕の病気が癒される」ことを願ってイエスの許にきた百人隊長のような、「あなたの信仰があなたを救った」とイエスに言わせた信仰がベトナム人たち一人ひとりには、備わっているのかもしれないと思うのです。疑うことをせず、自分たちの信じていることと真っすぐに向き合い、それを実践しようとしている彼らの中に育まれた信仰はなんとすばらしいのでしょう。かくて、この教会はそこいら中に献金箱だらけです。

 ペトロは言います。

「何よりもまず、互いに心から愛し合いなさい。愛は多くの罪を覆うからです。」(一ペトロ四章八節)

 キリスト教が日本に伝えられて間もない頃、日本人向けに訳された教理問答には、この「愛する」という言葉を、「御大切に」と訳されています。自分の愛するかけがえのない人々は、それぞれに大切な人たちなのです。それは、男女、年齢、国籍に関係なく、それぞれが、大切な人たちなのです。主よ、この信仰を多くの人に、まだ、あなたを知らない人たちにも育ませてください。

 

山鼻教会機関誌「おとずれ」❜22年1月号より